僧帽弁閉鎖不全症 mitral regurgitation; MR
概要
僧帽弁(mitral valve)とは、左心房と左心室の間にある、大きく2枚からなる弁のことです(図1)。「僧帽」とは「カトリックの司教冠:mitre」(図2)のことで、僧帽弁の形状がカトリックの司教冠に似ていることに由来します。僧帽弁逆流症(僧帽弁閉鎖不全症)とは、この僧帽弁の閉鎖機能が悪くなり、本来の血液の流れとは逆に、左心室から左心房に血液が逆流してしまう状態を指します(図3)。
図1.僧帽弁とは |
図2.僧帽の由来:カトリックの司教冠 |
図3.僧帽弁逆流症(僧帽弁閉鎖不全症) |
原因
僧帽弁自体やそれを支える腱索の病変によって逆流が生じる場合や、左心室が拡大し、二次的に弁の逆流が起こることがあります。前者では弁の逸脱(弁が飛び出してしまう状態)、腱索の断裂、リウマチ熱などが主な原因となります。後者では心筋梗塞や心不全が原因となり得ます。
症状
病気の原因や重症度、発症の仕方によって症状はさまざまですが、基本的に初期は無症状で経過することが多く、進行して心臓や肺に負担がかかると、息切れ・呼吸苦やむくみなどの心不全症状が出現します。僧帽弁閉鎖不全症により心房細動(脈が不規則になる不整脈)が起きる場合もあり、その際には動悸を感じることもあります。
無症状で発見される場合としては、健康診断で心雑音の異常やレントゲンでの心拡大を指摘されることがあります。
診断
確定診断は主に経胸壁心臓超音波検査によって行われます。経胸壁心臓超音波検査は体の表面から行う検査で患者さんの負担も少なく、繰り返し行うことができるため、診断や病気の進行を知ることも可能です。
心臓超音波検査によって観察する項目としては、弁自体の性状(大きさ、長さ、石灰化などの硬さ)、逸脱の有無、接合、逆流の向きや程度、左心室の収縮する力や左心室の大きさなど多岐にわたり、これらの情報を統合して僧帽弁逆流症の原因や重症度を判断します。
また、大動脈弁と同様に、より詳細に僧帽弁の状態を観察したい場合には、胃カメラと同じ要領で超音波の端子を食道内に入れて心臓の裏側から観察を行う、経食道超音波検査が行われることもあります(詳しくはhttp://www.cpnet.med.keio.ac.jp/examination/test/test10.htmlを参照ください)。
治療
まず、いつ治療をすべきかが大きな問題となりますが、一般的に症状が出てきたり、心臓の負担が強くなってきた場合(左心室の収縮力の低下、左心室の拡大、心房細動の出現など)には治療の必要があります。
僧帽弁閉鎖不全症の治療の基本は僧帽弁の心臓手術治療です。手術には大きく分けて、僧帽弁置換術と僧帽弁形成術に分かれます。いずれにしても、胸や肋骨を切開して心臓を露出し、僧帽弁を治療します。自分の弁を切り取って、新しい弁に取り替えるのが僧帽弁置換術です。自分の弁をうまく切ったり、縫い合わせたりして形を整えるのが、僧帽弁形成術です。僧帽弁置換術の取り替える弁(人工弁)には、大きく分けて生体弁(図4)と機械弁(図5)があり、それぞれに長所と短所があることから、両者を使い分けて使用します。僧帽弁形成術は一般的に置換術よりも手術の難易度が上がり、どの僧帽弁逆流症にもできるわけではないので、心臓外科医とよく相談する必要があります。
図4.人工弁-生体弁 Carpentier-Edwards PERIMOUNT Magna |
図5.人工弁-機械弁 Medtronic Open Pivot Mechanical Heart Valve |
小切開僧帽弁手術の跡 |
最近海外では、年齢や合併症のために外科的手術が適応とならない患者さんに対して、MitraClip®(マイトラクリップ)というカテーテルによる低侵襲治療が行われています。この治療法はカテーテルを用いて足の動脈から直接心臓に到達し、「クリップ」(図6)で弁をつかんで引き合わせることにより、逆流量を減らす治療です(図7)。胸を切開する従来の心臓手術よりも体にかかる負担が少ないため、年齢や合併症などのために、これまで手術を断念されていた患者さんに対しても治療が可能となります。現在、ヨーロッパでは2008年にCEマークを取得、アメリカでは現在FDA(米国食品医薬品局)に承認申請中で、日本でも今後大変期待が持てる治療法です。
図6.クリップ |
図7. |
文責:八島 史明、林田 健太郎