バルーン肺動脈形成術(BPA)

ばるーんはいどうみゃくけいせいじゅつ

はじめに

慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)に対するバルーン肺動脈形成術(BPA)は、低侵襲で入院期間が短く、有効性も高い優れた治療です。実施に際して、経験のある専門医が外科的肺動脈内膜摘除術や薬物療法(肺血管拡張薬)と合わせて総合的に検討することが重要です。

本疾患および治療でお悩みの患者さん・ご家族がおられましたら、お気軽にご相談ください。


バルーン肺動脈形成術 (BPA, balloon pulmonary angioplasty)

 慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は、器質化(古い)血栓が肺動脈を慢性的に狭窄・閉塞する病気です。広範囲の肺動脈が狭窄・閉塞すると、肺動脈圧が上昇して右心不全を発症します。早期に適切な治療を受けなければ、生命に関わるといわれ、国が難病認定している病気です。肺動脈の近位に血栓がある中枢型CTEPHの場合、外科的に血栓を摘出する肺動脈内膜剥離術(PEA)の施行が望ましいです。そして、肺動脈の末梢に血栓がある末梢型CTEPHでは一般的に外科手術が困難といわれております。加えて、年齢や他の合併疾患のために全ての患者さんがPEAの対象にならないといわれております。
 近年、肺動脈の狭窄・閉塞をバルーンで拡張するカテーテル治療(バルーン肺動脈形成術:BPA)が有効であることが多く報告されております。治療対象となる肺血管は左右で18本存在するために、BPAは複数回、実施しなければなりません。外科治療と比較して、末梢型や外科手術困難症例に対して実施することができます。有効性が報告されているBPAではありますが、新しい治療であり、治療効果や治療後の経過など、十分な経過観察が必要です。慶應義塾大学病院では、BPAの短期・長期の有効性について検証しながら、慎重に治療を進めております。


慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の治療法

 薬物療法は治療の基本であり、多くの患者さんの症状を軽快することができます。しかし、病気は進行性であり、早い段階で治療専門医が外科手術またはカテーテル治療が必要なのかを検討するべきだと考えます。必要であれば、早期に治療を受けるのが望ましいと考えます。なぜなら、進行してからでは治療が困難になるからです。我々は、患者さんがどのような治療法を希望されているのか、どの治療法が一番良いのかを十分に検討して治療方針を決定していきます。慶應義塾大学病院では、外科手術・カテーテル治療の双方の術者と相談することができます。

1.薬物療法・在宅酸素療法
抗凝固薬(ワーファリンなど)、利尿薬、肺血管拡張剤は治療の基本であり、多くの患者さんの症状を軽くできます。しかし、本疾患は進行性で薬物療法のみでは十分な治療効果が得られない場合も多く、注意深い経過観察が必要です。なお、酸素飽和度が低くなる低酸素血症に対しては在宅酸素療法も行われます。

2.外科的肺動脈内膜摘除術(PEA)
全身麻酔下で胸骨正中切開を行い、外科的に古い血栓を取り出す根治術です。肺動脈の近い部分に血栓が存在する中枢型の患者さんには効果的な治療です。しかし、肺動脈の末梢に血栓がある末梢型の場合には外科的な血栓除去が困難であるといわれています。

3.バルーン肺動脈形成術 (BPA)
局所麻酔下で行う低侵襲性のカテーテル治療です。中枢型のCTEPHに加えて、 高齢者、全身麻酔が困難な場合、末梢型CTEPHに対しても治療することができます。複数回の治療によりかなりの改善効果を得ることができます。


当院のBPAの実際

 通常、右頚部を局所麻酔し、頚部からシースという管を挿入します(図1)。シースからカテーテルを入れて肺動脈の病変近くまで進めます(図2)。カテーテルで肺動脈を直接造影し、狭窄・閉塞病変を詳細に確認します。確認後、狭い部分に細いガイドワイヤーを進めて、血管造影、血管内超音波(IVUS)、光干渉断層法(OCT)などで肺動脈病変の状態や血管の太さを確認します(閉塞の場合、かなり固いガイドワイヤーを必要とすることがあります)。確認後、バルーンで狭い病変を拡張します(図3、図4)。繰り返し同様に複数の病変をバルーンで拡張するため、BPAは平均1時間30分程度かかります。
 術直後より歩くことが可能で、個人差はありますが、術後、3~5日で退院することが多いです。

BPAにより肺高血圧の改善後、定期的に右心カテーテル、肺動脈造影を行い、治療の効果を評価していきます。


BPAの治療成績

 2001年、米国のFeinsteinらの初期報告では、周術期死亡率は11.1%、術後肺障害発生率は61%とかなり難易度の高い手術でした。2000年半ばより、日本でも外科手術適応外であるCTEPH(inoperable CTEPH)に対して、徐々にBPAが実施されるようになり、大きく安全性と有効性が改善してきました。

 慶應義塾大学病院では2012年11月から2017年9月で、計123名がBPA治療を終了しております。


 計785回のBPA治療における患者背景は、年齢は63.4±13.9歳、女性は65%、WHO機能分類IIIおよびIV度は78%、BPA平均手技回数は6.4±2.1回で、BPAにより平均肺動脈圧は37.4±10.2mmHgから19.5±4.1mmHg、肺血管抵抗746±597dyne・sec・cm-5から 279±121dyne・sec・cm-5、心拍出量は3.8±1.4L/minから3.9±1.1L/min、右房圧は6.3±3.5mmHgから1.9±1.7mmHgへ改善しておりました。また、6分間歩行距離も治療終了6ヶ月後に334±110mから442±95mへ改善しました。なお、BPA関連合併症においては、47セッション(6.0%)で血痰、6セッション(0.8%)で非侵襲的陽圧換気(NPPV)を装着しました。


なお、死亡症例や人工心肺装着を必要とした症例はありませんでした。


近年、治療成績の向上に加えて、BPA手技関連肺障害に対する止血術の確立し、カテーテル治療デバイスが進歩しております。引き続き、当院ではBPAに際して、CT、SPECT、IVUS、OCTなどの画像デバイスを積極的に活用し、さらなる治療成績の向上に役立てています。


図1.頚部からシースが挿入されている図
図2.肺動脈の病変近くまでカテーテルを進めている

図3.病変内にガイドワイヤーが進み、バルーンで拡張している

図4.左下葉のBPA前後の血管造影

小切開心臓手術

最大の特徴は、「小さな創で患者さんに優しい」手術を行っていることです。当院は、低侵襲心臓外科手術、ポートアクセス手術のパイオニアとして、日々技術革新を進めています。

大動脈
ステントグラフト

開胸や開腹を要さない低侵襲な治療法。当院は、国内有数の豊富な大動脈瘤治療実績を有し、特にこのステントグラフト治療は人工血管手術とともにトップランナーとして近年さらに増加し続けています……

心房中隔欠損のカテーテル治療 AMPLATZER

慶應義塾大学 心臓血管低侵襲治療センターは、循環器内科と心臓血管外科が協力し、日本一患者さんにとって優しい治療を提供します。

経皮的中隔心筋焼灼術 PTSMA

症状のある、薬物治療抵抗性の閉塞性肥大型心筋症に対して、カテーテルを使用して純エタノールにより閉塞責任中隔心筋を焼灼壊死させる治療法です。最大の特徴は「低侵襲性」(体力の消耗や傷口が小さい)です。

バルーン大動脈弁形成術BAV

とてもシンプルな治療法で、すぐには開胸手術が難しいような状態の悪い方であっても、この風船治療を行うことで状態が一時的に顕著に改善されます。

経カテーテル大動脈弁留置術 TAVI

重症の大動脈弁狭窄症で、開胸手術による治療が不可能または 非常に困難な患者さんに対する全く新しい治療です。大動脈弁をただバルーンで拡張するだけでなく弁を留置してくる治療法です。

経皮的僧帽弁裂開術 PTMC

カテーテルを用いて足の動脈から直接心臓に到達、硬くなった弁にイノウエ・バルーンを運び、そこでバルーンを広げて、硬くなった僧帽弁を広げる治療。心臓手術に比べ開胸術でなく、患者さんの負担は少ない。

バルーン肺動脈形成術 BPA

局所麻酔下で行う侵襲性の低いカテーテル治療。PEAの適応外とされる高齢者、全身麻酔が困難例、末梢型のCTEPHに対しても治療可能である。複数回の治療により、PEAと同様に根治が期待できる。

慶應義塾大学病院 心臓血管低侵襲治療センター
Keio University School of Medicine Medical Center for Minimally Invasive Cardiac Surgery

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